hitomi's poem
 
慕嬢詩  一通の手紙

 

 2月の中旬、いつものように郵便箱から夕刊をとると、シックな花柄の封筒がポトリと落ちた。
 拾い上げて差出人を見るも、知らない女性の名前で住所は沖縄だ。まったく心当たりがない。
 封を切るとこれまたオシャレで、藤色の幾何学模様の柄で縁取られた細長い便箋が3枚と写真が入っていた。
  
 拝啓 お年賀状ありがとうございました。「残る者の心に生きるなら死はない」と言います。
 昨年十一月七日に夫 〇〇は七年間の闘病生活の末、最後の四カ月はホスピスで静かに永眠しました。
 沖縄に来て二十六年、時折「スナックタイガース」にもう一度行きたいと言っていました。
 中略
 生前、主人と話し合い、お墓も位牌も作らず那覇市民共同墓に入りました。お香典なども一切辞退しています。
 ですから南の空に向かって手を合わせて下さるだけで、主人も喜ぶと思います。
 同封の写真は、亡くなる二週間前に「ビールが飲みたい」との主人の希望で娘と三人で病室のベランダで乾杯しました。
 後略
 彼は堺にいる頃は当店によく顔を出してくれていたので、毎年、年賀状のやり取りをしていたが、何故か今年は届かなかった。
 この手紙でその理由が分かった。だから差出人が女性だったのだ。センスの良い封書は経営していた美容室のモノだったからだ。
 彼は私と同年代だが、南国の人らしく明るく大らかで、お酒も泡盛で鍛えていただけに強かった。
 私は便箋を机の上に置いて、しばらく写真を見て在りし日の彼を思い浮かべ、そしてもう一度便箋を手に取り、再び読み返した。
 手紙の冒頭にあった言葉は、私が知人や娘の友達によく言っている言葉と重なる。
 「いつまでも瞳の事を忘れずにいてくれて有難うございます。瞳の姿は見えませんが○○さんの心の中にずっと生きてます」と。
 私は娘の仏前と、南の空に向かって手を合わせた。

※慕嬢詩(ボジョウシ)=亡くした娘を慕う気持を綴った詩・文。私の創作語。
 #慕嬢詩 #一通の手紙 #有村正
 



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