●慕嬢詩『折りたたみベッド』

娘が独り立ちし、大阪市内で暮らすようになってからも、時々我が家に帰ってきた。そして泊まる時は、3階にある自分の部屋の片隅に畳んである折りたたみベッドを広げ、一晩を過ごした。
その娘が亡くなってからは、言葉にできない寂しさと、まだ手放したくないという思いから、なかなか片づけることができなかった。
私にとってそれは、ただの家具ではない。娘が帰ってきた証しであり、あの頃の暮らしの記憶が染み込んだ、かけがえのない思い出のかたまりだった。
しかし、年月が経つにつれ、マッサージチェアやオーディオなど、私の持ち物が増え、娘の部屋は次第に手狭になってきた。とうとう、使うことのないベッドを処分することにした。
いざ片づけようとすると、娘が帰ってきた日のことや、ベッドを広げて眠る姿が目に浮かぶ。もう一度、あの頃のように「ただいま」と帰ってきてくれたら……。そんな叶わぬ願いを胸に、私はベッドを見つめた。
「ごめんな。寂しいけど、もう片づけるよ」
年寄りには重たいベッドを、妻と二人で3階から狭い階段を四苦八苦しながら下ろして玄関前に置いた。やがて、申し込んでいた回収業者がやって来て、ベッドを連れて行った。
ベッドはなくなっても、娘が帰ってきた日の温もりまで消えるわけではない。思い出は、これからも私の心の片隅に、折り畳むことなく残り続ける。
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