第九話 売りもの ある日、父親が子供を連れて、町へベコ(牛)を売りに行った。ベコを 買いたいという男が来て、つないであるベコの前までくると、手で背中 を撫でて、毛並みの具合を見たり、腹をさわって肉づきをためしたり、 乳をコチョコチョとやって精がええかどうか念入りに調べ始めた。 それを見ていた子供が、へえーとびっくりして聞いたそうな。 「おと、おと、おらんちのベコ、なしてあんなに腹さすったり、乳もんだり するだ」 「そら、おまえ、あたりまえでええか。売り物だもの、買う人さ、すみか らすみまで見て、念入りに調べてみねば、ほれ、買ってしまってから ではおそいでねえか」 すると、子供は目をむいていうた。 「へー、そんならうちのおかあも、ずっと前から売りに出し ておるだが」 「何いうだ、人間は売りに出さねえもんだ。それにおとは 婿入りだ、おかあにたてついたら、おとが売りに出され てしまうべ。そんで、今日もこうしておかあにどやされて ベコを売りに来たでねえか」 ふふんと聞いていた子供が、口をとんがらしていうた。 「したって、おと、この間もどこかの知らんおとが、おかあ の背中さすったり、口さすったり、乳をコチョコチョもんだり、 腹の下へ手をやって念入りに調べていたもん」 |