第七話 太鼓を打て

 
昔、ある国の殿は、武芸百般に通じ男の中の男よといわれておったが、
融通のきかん堅物でありもうした。そこで家老が奥方でも、もらえば少しは
柔らかくなられるであろう。と、思いついて毎日奥方をと、進言してようやく
奥方をもらうことになりもうしたが、
 殿様は、男とおなごの夜の床ですることを知りなはらん、いつまでたって
も何もなさらん、奥方にそれとなく聞いても、奥方も男女の交わりを知らな
んだ。嫁して来る時に母上が殿のされるままに、と一言教えただけじゃ
ったそうな。家老は見るに見かねて、ある日、殿様に教えもうした。
「殿、殿様、夫婦になりなさったら、夜には奥方の上にお登りなさるのが、
世の中の決まりでございます。今夜から必ず登られますように」
「おおそうか。それでは今夜から登ることにいたすぞ」
 その晩から、殿様は奥方の上に乗らした。それまではよかったが、あと
は乗ったまま、じーっとしておられるだけ、奥方もじーっとしているだけ。
 家老は、やれやれ世話のやけれる殿だことと、そこでまた殿様に耳打ち
しなさった。
「殿、奥方の上に登りなさるだけでは、いけません、差すものは差すところ
え、ちゃんと差し込まないけません」
「おお、差すものは差すか、うん解った」と、さすが殿様も武士だから、すぐ
に悟った。
 その晩は、確かに抜き身を差すところへ差した。差したまではよかった
が、あとはまたじーっとしていなさる。
 奥方からそれを聞いた家老は、考えに考えた末に、ポンとひざを一ツた
たいて、うん、これに限ると、にっこりして、次の日、
「殿、殿様は武芸百般に通じておられるから今夜から、私が隣りの部屋で
太鼓を打ちますので、抜き身を差し込んだあとは、まず、ドーンと抜く、次
のドーンで差す。ドーンで抜く、ドーンで差す。これも武芸の修練と思うて、
おはげみくださりませ。」
 その晩になって、殿様は奥方に抜き身を、差し込むとじーっとして家老
の太鼓を待った。ドーンと太鼓が鳴った。
「それ抜け!」
殿様は抜いた。ドーンと太鼓が鳴った。
「それ差せ!」
殿様は気合を入れて差したり、抜いたり、ドーン、ドーン、ドーン。ドーン、
ドーン、ドーン。
 抜いては差し、差しては抜くうちに、殿様も奥方もだんだん妙な気分に
なり、息ずかいもハァーハァー。家老は爺じいやだけにあいかわらず間延び
した調子で、ドーンドーン、。太鼓を打っておりますので、隣りの部屋から
殿様は、荒い声で、「爺、爺。早く太鼓を打てい!」
 ドン、ドン、ドン、ドン、…、ヒィー、ドン、ドン、ドン、…あァー、ヒィー。

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