ショートショート(短短編小説) 『夢のつづき』 (15/10/15)
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最近、店に閑古鳥が鳴く日が多い。
一年前、アベノミクスで経済が成長して景気が回復すると踏んで、80歳までのあと13年は頑張れると、内装
を張り替えたり、カウンター席やボックス席(テーブル席)の椅子を買い替えたりして少しばかり投資をした。
だが期待したアベノミクスは、大企業やIT関係、そして投資家に利益をもたらせただけで、底辺の私たち
の商売にはその効果が見られず全くの期待外れになった。
私は暇で客待ちの時にはいつもパソコンを開いているが、今日は娘のホームページの更新日が間近に迫っ
ていたので今回課題のショートショートの事で頭がいっぱいである。
1週間ほど前から書き始めてある程度は書き上げたが、どうも内容がしっくりこない。
しかし他に良いアイデアが浮かんでこない。
このショートショートを掲載しようかどうか考え倦ねている時に、若い女性3人と男性1人が来店。それがまた
明るい子たちで大いに盛り上がり、先ほどまでアイデアに窮して困惑顔の自分が何処かへいった。
「マスターも一緒に飲んで頂戴!」と女の子が私に何杯もビールを注いでくれたので、ほろっと酔いがまわり
上機嫌になってきた。
暫くしてアベックが来店。彼氏はツケをして3か月以上になるので、そろそろ電話をしようかどうかと迷ってい
たところだった。いい頃合いに来てくれたと内心喜んだ。
そのアベックの間に割り込む様に初めて見る2人の男性客が入ってきた。
「失礼な客やなあ」と思い、アベックに「ごめんな、席を移らせるわ」と言うと、2人は「別にいいよ」と受け入れ
てくれた。若いのに中々寛大な子たちだと思った。
飲み物のお代わりが多く、ジョークを言う間もないほど忙しくしている時に、当店ではレアな西洋系の外国人
を含む5人のお客さんが来たが、カウンター席はあと3席しか空いてないので、店の片隅にあるボックス席に
座ってもらった。
自分1人ではキツイなあと危惧していると、いつの間にか1人の女の子がカウンターに入ってきて救いの手を
差し伸べてくれているではないか。
最近はずっと暇な日が続いて私は忙しいのには慣れていない。動きがぎこちない私を尻目に彼女はテキパ
キと対応していて、こういうのに慣れているみたいだ。
珍しく忙しくてバタバタしている時に5人のお客さんが「いける?」と入店。
「無理ですわ」と私は返答するも、応援の女の子が「お客さん、ちょっと待って下さい」と言って、壁際に置い
てあった予備の椅子2つをカウンター席の間に手際よく詰め込んで「どうぞ」とお客さんを通した。中々機転が
利く子だと感心しきりである。
多忙もピークに達し、いつしかママも加わり賑々しい酒宴に応対しているが、私は菓子皿に付き出しを盛る
のに手間取ったた、お皿に敷く紙ナプキンを濡らしてしまったり、お菓子をこぼしたりと狼狽えている。
それはそうと、どさくさに紛れてアベックの間に割り込んだ先程の失礼な男性客2人が外へ出て行ったきり
戻ってこない。
「あっ、飲み逃げや!」
呆気にとられるも、せわしくてそんな客なんかには構っていられない。
ふと店の外を見ると何人かがガラスの窓越しに店内をのぞき込んでいる。店に入ろうかどうか迷っている
みたいだが、店内は満杯でもうこれ以上受け入れられないと思っている矢先に、外にいた人たちがガヤガ
ヤと入って来た。
それも6人ぐらい。その中の3人ほどの女性が着物姿で盆踊りを踊りながら入ってきて、もう店内は訳の分
からない客で、てんやわんやの大騒ぎ。
「もうこれ以上、無理!無理!」
昨日だったら入れたのに来客が今日に重なってしまい、商売は思う様には回らないものである。
その6人を断ろうとしたら、先客の5人が「私たち帰るから、その人たちを入れたって」と気を利かせてくれた。
彼らの勘定をしようと伝票を見るとカクテルをかなり沢山飲んでいる。私は作る間が無かったのに女の子
が作ってくれていたのだ。
そう言えば、私はバタバタしていたので、付き出を出しただけで一品を出していなかった。これではセット料
金は貰えない。
「何ぼ貰おかな?」
迷いながら電卓を叩くが、何度叩いてもその度に合計金額が違う。
お客さんが待っているので、焦ってしまう。
「あ〜、どうしよ!」
精神的に追い詰められて重苦しい緊張が極限に達した時に、パッと目が覚めた。
気が付けば膀胱がパンパンに張っている。
トイレに行ってから再び床に就き、夢の中に出てきた応援の女の子の事を考えた。
「一体、誰やろなあ?」
当店には従業員がいないしお客さんでもない。そう言えば娘の瞳に似ている。いや、絶対に瞳や。
ホームページの更新日は明日で、アイデアに窮していた私を助けるために瞳が夢に出て来てヒントをくれ
たに違いない。
そのお蔭でこのショートショートを書き上げる事が出来た。
因みに私は仕事人間だったので、瞳が生きていた時はあまり構ってやれなかったのに、それでも瞳は親
思いの優しい娘だった。それを思うと胸が痛む。
夢の中では瞳と一度も会話を交わしていなかったので、夢の続きを見て瞳と話をしようと期待を膨らませ
て目を瞑った。
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※閑古鳥が鳴く=客が来なくて商売がはやらないさま。 |
※ショートショー=特に短い短編小説のこと。 |
※てんやわんや=個々が勝手な振る舞いをすることで混乱した様子を表す擬態語 。 |